『  浪漫素  ― ろまんす ―  (2)  』

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシはいつも海をみていた。

いつも ・・・ っていつの頃からかは覚えていないけれど・・・

施設にいる時も 今のパパとママのお家に引き取れてからも ― アタシは海を見ていた。

 

「 アンナちゃん? もうお部屋にもどりましょうね。 」

寮母さんが呼びにきてくれることもあったけれど、忘れさられ晩御飯にありつけなかったことも

度々だった。

「 どうしたの? お風邪を引くわ、お家に入りましょうね。 美味しいお食事、出来てるのよ。 」

今のママはいつもやさしくアタシを抱き お家の中へつれていってくれた。

そう ・・・ アタシは不幸せだったわけじゃ・・・ない。  でも 海をみていた。 そして ―

 

    海が好き?   お魚や鳥さんがいるから?  きれいな貝がいるものね?

 

皆はいろいろ聞いてくれたけれど、アタシは ・・・  ううん ううん、と首を横に振るだけだった。

 ・・・ だってどうしてだかアタシにもよくわからないのだから。

ただぼんやり覚えているのは ―  誰かを待っていた ということだ。 

 

    ―  誰 を?   ・・・ わからない。  でも ・・・

 

待っていてうれしいコトがあっから ・・・ だと思う。

・・・うれしいコト?  それがナンなのかは覚えていない。 

 ただ、霧がかかったみたいな思い出の奥からあの声がきこえてくる。

「  ごめんなさい・・・ ごめんね。  愛しているわ、私のアンナ 」

白い手がアタシの髪を梳き 沢山のキスをくれた・・・気がする。

アタシは その声の主を待っていたのかもしれない ・・・ ずっと ・・・ ずっと。

 

そんなことを思い出したのは あのコトが起きたときだった。

勿論 最近ではもうぼ〜〜っと海をみていることもない。

そんなことをしていては周囲の人々を心配させるし迷惑もかかる。

アタシは  優等生のいい子なアンナ でいることにも慣れていた。

そして アタシがこの家の養女だってことも ― ちゃんと知っている。

施設にいた頃の記憶はあまり多くはない。

いつも眺めていた海といつもすうすう・・・風が吹いて寒いなあと思っていたことくらいだ。

今のパパとママに引き取られ この家に来た。

パパもママもとっても優しくてアタシのことをものすごく可愛がってくれた。

 ― でも 可愛がられ大切にしてもらえばもらうほど はっきりとわかってしまう。

アタシは この家の養女だってこと。

優しいパパとママは アタシとは違う人間なのだ。

髪も目の色もちがう、肌の色合いすらちがう夫婦を実の親を思え、というほうが無理だ。

 

  アタシは いつの間にかお行儀のよい優等生になっていた。

 

このままパパとママが選んだ女子大を卒業して。 パパやママが薦めるヒトと結婚して

 ― そんな人生が待っている、と思っていた。 

アタシは皆の善意に応えるために、いつもシアワセでいなければならない・・・

自分の善意が あの可哀想なコをシアワセにしている ― と人々を満足させなくちゃいけない。

そうやって生きてゆくのだ、と自分に思い込ませていた。

 

 

  それは ある日、こそ・・・っとやって来た。

アタシはいつもの時間通りに学校から帰ってきた。 遅くなるとママが心配するから・・・

講義が終ったらまっすぐ帰宅する。 それがママとの約束だから。 

「 ただいま帰りました。 」

「 お帰りなさい、 アンナ。  ― ああ お手紙が来てましたよ。 」

「 ・・・ 手紙??   あ ダイレクト・メールとかでしょ ママ。 」

「 普通の封筒でしたよ。 お友達? 」

「 いいえ?  お手紙を書くような友達はいないわ。 」

「 そう? それじゃ捨てておしまいなさいな。 そんなことよりも ねえ アンナ。

 今度の連休、ハワイに行きましょう。 」

「 え  ハワイ?? ・・・ ハワイはパパといらしたら?

 でも・・・ ほら、なんか異常気象とかなんでしょう? TVで言ってたわよ。  大丈夫なの。  」

「 ハワイは大丈夫でしょ?  それにパパの会社からチケットを取ってもらうから。 

 ねえ アンナも一緒に行きましょ、いいでしょう。 」

「 はいはい わかりましたよ ・・・ 」

アタシはひらひら手を振って自室へもどった。  

 

   ふう ・・・ ママには異常気象も関係ないのね。  

 

ママはいつもにこにこ笑顔でとっても優しい。 思い出してみてもママに酷く怒られた記憶はない。

アタシはママを悲しませないように、いつもいつも いい子 だったから・・・

パパもいつもとても優しい。 アタシのことを  自慢の娘です  といつも言っているの。

だから アタシもパパの < 自慢の娘 > であるために頑張ったの。

学校ではずっと成績優秀な優等生 ― 先生方のお気に入りよ。

・・・でも 友達はあんまりいない。  というよりアタシが作っていないのね。

だって ―   ・・・ あれ?  ソレは自室の机の上に置いてあった。

「 ― なに  これ。 

それはごくごく平凡なありふれた封筒だった。 表も裏も印刷。 差出人は全然知らないヒト。

上から触ってみても 中身はえらく薄っぺらい感じ。

「 安っぽいダイレクト・メールかしら ・・・ 気持ち悪いから捨てちゃおうかな・・・ 」

びりり・・・と破りかけ 指が止まった。

中からはこれまたありふれたレターペーパーが一枚・・・と ひらり、と紙切れが落ちた。

「 ・・・?? 

それは少し縒れた感じの紙で 手書きの文字・・・いや数字とアルファベットが並んでいた。

「 なに これ ・・・ ゴミ ・・? 

数字は読めたけど それの意味することは全く解らなかった。

ただ・・・ アルファベットについては辞書を引いてみた。

「 ・・・ アメラシア・・・?  北極海?  それがこの手紙と何か関係があるの? 」

アタシは改めてその手紙・・・というよりも紙切れを見直した。

印刷された文字で淡々とひとつの指示を記していた。

「 イタズラ? でもこういうのって普通はメールとかでくるもんじゃない?

 ! ・・・ どうしてアタシの住所とか・・・ 名前がわかったわけ? 」

封筒の宛先、住所や名前も 勿論印刷だったけど。

学校の名簿は極秘なはず。 なにせセレブの子女御用達な学校なのだから。

「 ・・・ アンナ  ってカタカナ?  でもこんな場所、知らないし ・・・

 気持ち悪いな〜 捨てちゃおうかな ・・・ ヤダ ・・・ 」

 

   ―   え  ・・・??

 

一瞬、 その文字にアタシの視線は釘付けになった。

差出人、とおぼしき名前がひっそりと書いてあった。 

「 ! 冗談じゃないわ!  ふん、性質 ( たち ) の悪いイタズラだわ! 」

アタシは封筒ごとくしゃ・・・っとひねって部屋のゴミ箱に放り込んだ。

 

 

   【 ・・・産油国でもこの事態を重く見て徹底調査を始めた模様です 】

ニュースキャスターの声に 家族全員が箸をとめ思わず画面に見入ってしまった。

その日の夕食は珍しく全員が ― といっても三人きりだけど ― 居た。

「 なにこれ??  マジ?? 」

「 アンナ。 そんな言い方、しないでちょうだい。 」

「 ・・・ はい ママ。 」

「 ははは ・・・ ママ、しょうがないよ。 若者の言葉はいつの時代もそんなものさ。 」

「 でも ね パパ。  だからといってウチの娘が品のない口を利くのは許しません。

 勿論 ちゃんと解っているわよね?  おりこうさん♪ 」

ママは手を伸ばしてアタシの髪を撫でた。

 

     ・・・ もう子供じゃないんですけど !  ウザ〜〜〜

 

― 勿論 そんなこと、口にしたりは しない。 アタシは  いい子。 模範生 なんだから。

家でだって、ううん、家だからこそ余計に気をつけなくちゃならない。

アタシは  パパとママの < 自慢の娘 > であり続けなくてはならない・・・

もし、アタシがパパとママに反抗したり両親の望み通りの人生を歩まなかったら

 ― < アタシ > は 彼らにとって必要ではなくなるだろう。

だって アタシは。 < 自慢の娘 > になるためにこの家に引き取られたのだから。

あの施設から引き取って育ててもらったお礼に 自分の役割 はきちんと果たさなければならない。 

そんなことはちっちゃな頃からちゃんとわかっていた。 そう・・・ ちゃんと ・・・

 

「 そうそう ママ。 リクエストのチケット、ちゃんと取れたぞ。 」

「 まあ うれしいわ♪ パパ、ありがとう〜〜  アンナ、よかったわねえ〜 」

両親は食卓の雰囲気を変えたいのだろう、パパもママも殊更楽しそうな口調だ。

「 家族そろってゆっくり過そう。  ・・・ 今年の冬は寒そうだし・・・ 」

「 そうね そうね パパ。  ねえ アンナ? お揃いのビーチ・ウェア、買いに行きましょう〜 」

「 ― ええ ママ。  パパ、ありがとう。 

アタシもとっても嬉しそうにパパとママに笑顔を見せた ― ・・・

 

 

   はあ 〜 ・・・・

ぼすん。   アタシは部屋に戻るなりベッドに腰を落とした。

「 家に居て気を使い捲くる・・・ってどうなの〜〜 ・・・  はふ ・・・  」

大人しくお勉強をして、早めに休んで。 明日はママと一緒にモトマチかギンザへお買い物。

 

   ・・・ はあ ・・・

 

普通なら心浮く予定のはずなのにアタシは重い 重い溜息をつく。

あとどれだけ こんな役割を演じてゆかなくちゃならなのだろう。 

でも 仕方ない。 アタシは < この家の娘 > なんだから・・・

 

   そんなこと   ないかもしれないんじゃない?? 

 

不意にそんな声が心の隅から聞こえた。

「 !  ・・・ あの  手紙 ・・!  」

ガバ!っと跳ね起きるとアタシはゴミ箱に突進した そして ― あの封筒を拾いあげた。

「 ・・・ シワシワになっちゃった・・・  破れないように ・・・」

アタシはその紙をなんとか広げることができた。  もう一度 差出人の名を見つめた。

 

       オマエの母より 

 

「 なによ  なによ コレ。  なんだっていうのよ ・・・ 」

アタシはしばらくじっとその差出人名を見つめていたが ― すっくと立ち上がった。

「 ごめんなさい、ママ。 明日のお買い物には付き合えないわ。 」

クロゼットに飛び込み、一番行動的なパンツ・スーツに着替えた。

バッグに着替えと ・・・ 部屋にあった現金をかき集め、つっこんだ。

「 ・・・ パパ、ごめんなさい。  でもちゃんと無事故なのよ。 」

アタシはそう・・・っと部屋を出ると裏から車庫にまわった。

免許は取得していた。  ハタチになった時にパパのお勧めだった。

「 レディは車の運転くらいできなくちゃな。  うん、大学を卒業したら車を買ってあげる。

 車種はなにがいいかなあ・・・ アンナに合うのは  」

「 いいわね、パパ。 そうねえ アンナには外車とかがいいんじゃない? 

 赤いのがいいわ。 」

「 お。  いいねえ〜 うん、明日 カタログを取り寄せてみよう。 」

 ・・・ 免許を取る前に アタシ用の車まで決まっていた。

日頃 ほとんど使うことはなかったけど。  こんな時には役にたつものだ。

 

  ― これは  ちょいとヤバいかも・・・

 

市街地に出てアタシは正直、ビビッた。

町は荒れていた。 例の異常気象で生活物資が不足し始めている。

略奪、はさすがに起こっていないが怪しげな連中がウロウロしていた。

アタシはノン・ストップですり抜けようとしたが ・・・  派手な色と車種が目立ってしまった。

ニヤニヤしつつ暴漢共が車を取り囲むように迫ってくる。

「 どけってば、このクソッたれどもが〜〜  轢き殺すぞ〜〜 」

アタシは怒鳴りまくって ― ママが聞いたら失神しそうだ ―  強行突破しようと!

 

   「  待ちたまえ。  今  コイツらをやっつけるから 」

 

 ― え???

耳元で穏やかな声が聞こえた、と思うと 車に迫っていた暴徒どもはキリキリ舞いを始め

見えない壁にぶち当たったごとく伸びてしまった。

「 ・・・ な  なに ?? なんなの?? 」

 

   「  ほら 今のうちにここを抜けるんだ。 」

 

「 は はい!  ありがとうございました! 」

なにがなんだか判らなかったけど、ともかくアタシはぐん、とアクセルを踏んだ。

「 ・・・・ F市 〇〇区 海岸通り ・・・ 

アタシの車はカーナビにしたがってどんどん郊外に出ていった。  そして ・・・

 

「 ・・・え。   ここ・・・?? 

カーナビの案内が終ったのは ― 海っ端の崖の上に立つ洋館の前 だった。

「 ここに アタシの  お ・・・ お母さんがいる の ・・? 」

震える足取りで車を降り、 凝ったアイアン・レースの古めかしい門を開けた。

緑豊かな庭の奥に 大きな屋敷があった。  

一昔前の小説にでてきそうな、 女の子が憧れそうな外観だった。

「 ― はい。   どちら様ですか。 」

これまた古風なノッカーを叩くと すぐに清んだ女性の声が聞こえた。

どこかにインタフォンが隠れているらしい。

「 ・・・・ あの ・・・・ 」

ここまで来て、アタシは言葉に詰まってしまった。

まさか < ここにお母さんがいますか? > とはとても聞けないし・・・

「 どうぞ?   今、 ドアを開けますのでお入りください。 

ドアの前でモジモジしていると ―  キ ィ ・・・・ 微かに軋る音がしてドアが開いた。

今度はアタシがあっけにとられる番だった。  

 

  そこには  ―  お人形と見紛う美女が立っていた。

 

アタシは失礼なくらいに じ〜〜〜っとその女性を見つめてしまった。

ミルク色の頬がほんのり桜色に染まり、瞳の青は海よりも空よりも美しい。

同性から見てもほれぼれしてしまうほど 彼女は美しかった。

「 あ  ・・・ あの〜〜  い いええ  は はう あ〜 ゆ〜? 」

どぎまぎしているアタシに怪しむ様子もなく、その美女は話かけてきた。

「 いらっしゃいませ。  あのどちら様ですか。 御用はなにかしら。 」

「 ・・・あ  あの ・・・ 」

アタシはやっと用件を言うことができた。

「 あの。  ギ ギルモア ・・・博士 こちらにいらっしゃいますか? 」

美女は ちょっと目を見張ったけど、すぐにまたにっこり笑った。

「 ええ おります。 博士に御用ですの? お嬢さん。 」

「 ・・・ は はい・・・ 」

「 ではこちらへどうぞ? 」

一歩 踏み込んだ玄関はこの屋敷の外観と同じでかなり古めかしいカンジだった。

   ・・・ いったいいつの時代に建てられたものなんだろう・・・

アタシはまたまたびっくりしてしまった。

どうしてか判らないけれど、 一歩中に入ったら物凄く現代的は住居になっている・・・風に

勝手に思っていたのだ。

「 ? どうかなさいましたか? 」

あの美女が 不思議そうに訊ねた。

「 あ ・・・ い いえ ・・・あの  ・・・ アンティークで素敵だな、って思って・・・ 」

かなり苦し紛れな言い訳だったけど、実際玄関脇には見事なステンド・グラスがはめ込まれていて、

それに <見とれていた> のはウソじゃあなかった。

「 そう? ウチは古いのでこんなのが方々にあるんですよ。 さあ どうぞ? 」

「 は ・・・ はい ・・・ 」

アタシは玄関の側の部屋に通された。 

「 どうぞこちらでお待ちください。  博士を呼んできますから。  あのお名前は? 」

「 あ・・・ はい。   栗島 安奈 といいます。 」

「 マドモアゼル・栗島 ね。  わたしはフランソワーズ。 フランソワーズ・アルヌールといいます。」

艶やかな微笑みを残して美女は出ていった。

 

   ― あ。  今のヒト ・・・ 日本語、 しゃべってた・・・

   金髪碧眼のガイジンさんなのに

 

この時、アタシは初めて気が付いたのだった。

 

 

 

 

 

「 ・・・ 博士。 ごめんなさい、余計なことを言ってしまったようですわね・・・ 」

フランソワーズは博士の背にそっと手を当てた。

  ぴくり、と大きな背中が震えた。

「 いや ・・・ しかし その ・・・  本当にそう思うのかね。 」

博士は俯いたまま低い声で訊ねてきた。

ずっと声のトーンは下がっていたが ― 今は 呟きに近くなっていた。

フランソワーズはそっと・・・博士の肘掛け椅子の側に跪いた。

「 脅かしてしまってごめんなさい ・・・ でも ・・・ どうしても気になって。

 あのぅ・・・女性のカンですけど。 一年も療養休暇、というのは表向きで、

 つまりは産休だったのではありませんか。 」

「 ・・・ そんな ・・・ いや ・・・ 」

博士の言葉はほとんど聞き取れない。 唇だけがかすかに動いているにすぎない。

「 それで・・・ その方とは ・・・ その後もご一緒に暮していらしたのですか? 」

「 ・・・ いや。  彼女が休暇から戻った後は ― ワシらは別々の部屋で暮した ・・・

 実際、ひどく忙しくなってお互いに 寝る間も惜しんで、という状況じゃったし・・・ 」

「 そうですか ・・・ 」

「 あの休暇中に ・・・ 彼女は ・・・ まさ か・・・ いや  ・・・ しかし ・・・ 」

「 その後、ジュリアさんはどんな風でしたの? 」

「 その後は ― プロジェクトに集中する日々が続いたよ。

 彼女もつぎつぎに卓越したアイディアを出し、ほとんどが その・・・サイボーグ計画に 

 盛り込まれたよ。 」

「 そうなんですか ・・・ 」

「 ワシは 彼女の才能も性格もすべてひっくるめて・・・ 愛していたよ。

 彼女もまた同じだ、と思っていたが ・・・ どうも実際はそうではなかったようじゃ。

 ワシらの意見は次第に対立する観点が多くなっていった。

 当初、ソレとコレとは別、 と思い、時に一緒に食事をしたり談笑したりは しておった。

 休暇から戻ったあと、l彼女は以前とはうって変わって 陽気で楽しそうじゃった・・・

 ・・・で。 ワシは彼女には別の恋人ができたのじゃろうな、と思っていたよ。 」

「 あら。  博士ってば・・・ 振られてしまったの? 」

「 ・・・と ワシも思ったさ。  新しい恋人ができ、とても幸せなんだ、とな。 」

「 ・・・・・・  」

「 そして ・・・ その頃からじゃったか・・・ ワシとジュリアの意見の対立は次第に深く

 なっていった。  お互いに譲れない分野じゃったので合意するのは不可能じゃった

 ワシらは 連日徹底的に論争しあっておった。 」

「 ・・・ 学問上の論争なら ・・・ 」

「 ああ 死ぬことはないさ。 初めのうちは仕事とプライベートは切り離して考えておったさ。

 しかし ― 人間というものはそうそう・・・理屈どおりには行かんもんでな・・・・ 」

「 それは ・・・ そうですけど。  でも 愛し合っていらしたのなら・・・ 」

「 休暇から戻った彼女は ― とても幸福そうな様子じゃった。 

 その後も週末などに ふらり、と出かけていることもあってな ・・・ 

 ワシは ・・・ 彼女は新しい恋をみつけたのだろう、と思っておったよ。 」

「 まあ ・・・ 」

「 それで彼女が幸福ならば それでもいい・・・とな。 」

「 でも でも。  それは ・・・ 多分ジュリアさんはお子さんに会いにいらしていたのでは

 ありませんか。  ・・・博士とジュリアさんのお子さんに ・・・ 

 どこかに預けて養育中で 週末には会いにゆく、という風な生活で 」

「 ・・・ わからん。 というより ・・・ そんな風な考えには及ばんかった・・・

 ははは ・・・ ワシの方が余程に極めつけな朴念仁じゃのう ・・・ 」

「 そんなこと、おっしゃらないでくださいな。 」

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ お前は 優しいコじゃなあ・・・

 それで ―  プロジェクトのあらゆる点での激論が続いていた ある日 ・・・

 ワシらはかなり激しい対立をした ・・・  その頃からワシは・・・なんというかな、

 その ・・・ あの組織や例のプロジェクトに疑問を感じ始めておったのじゃよ。 

「 ジュリアさんは ・・・ ? 」

「 彼女は ・・・ プロジェクトの性質より 彼女自身の研究の成果を追求したかったようじゃ。

 彼女は真の天才じゃったからなあ・・・ 」

「 それ ・・・で ・・? 」

「 うむ・・・ 激論、というより怒鳴りあいに近い日々が続いたよ ・・・

 彼女もワシもギリギリの地点に立っていたから譲歩など考えられなかった。

 ― そんな時に な  ・・・ おきたのじゃ・・・ 」

「 なにが ・・・ですの? 」

「 ・・・ 彼女に処方した人工皮膚が ・・・ 崩壊したのじゃよ。 」

「 え ・・・ あの火傷の痕に使ったものですか? 」

「 そうじゃ。 当時の人口皮膚には決定的な欠点があった。

 お前たち、特に フランソワーズ、 お前に用いた特別製にはこの欠点を完全にカバーした 

 結果が全て盛り込まれておる・・・ 」

「 ・・・ まあ ・・・・ 」

言葉を失い、フランソワーズは頬にそっと両の手をあてた。

「 彼女は ― その時を境に ・・・ プロジェクトのメンバーからはずれた。

 表向きは 意見の不一致によりメンバーを辞退、となっておったが・・・

 ワシを避けたのだ、と思っていたよ。 」

「 直にそう・・・仰ったのですか、ジュリアさんは? 」

「 いや そんなことはなかったが ・・・

 しかしな、例の人工皮膚、その再手術も彼女は断ってきたのじゃ。

 ワシは こちらのミスだから是非、再手術をと申し出たのだがなあ・・ 」

「 ミスだから、 と仰ったの?  それじゃ あんまり・・・ 」

「 ??  本当に初期の人工皮膚には問題があってな。

 それをクリアして 

「 博士。 それはそうですが・・・  ジュリアさんの気持ちも考えれば 」

「 そうかの??  でも彼女からは再手術については断られたぞ?

 そしてその後、ジュリアは別のプロジェクトを指揮し

 エネルギーの制御方法の改良に手を付けていたはずじゃ。 

 その後 ・・・ 数年してワシはお前たちとあの島を脱出した。 」

「 そうですか ・・・ そんなことが・・・ 」

「 ああ。 ワシの恥の記憶 ということじゃなあ・・・」

「 恥、だなんて。  でも ・・・ その後、ジュリアさんの消息はお聞きになりましたか。 」

「 いや。 BGに居る間も 噂を聞くコトはなかったよ。 」

「 そうですか ・・・ お元気だといいですね ・・・ 」

「 ああ ・・・ ワシらが対立したのは、いわば<仕事>において、であって・・・

 その ・・・ 嫌ったり憎みあって別れたわけではないのだから  ・・・ 」

「 ええ ええ そうですよね。  それに ・・・ お子さんもどこかで健やかに 」

「 ワシにそれを願う資格があるだろうか・・・ 」

「 子供の幸せを願わない親なんて いませんわ。 」

「 ・・・・・・・・・ 」

フランソワーズは博士の脚に寄りかかった。

「 ・・・ どうして どうして みんな幸せになれないのでしょうね ・・・ 

 誰も憎みあったりなんかしたくないのに ・・・ 」

「 ほんとうに  なあ ・・・ 

 

   トン  トン  トン   トン  ・・・・

 

雨だれの音が急に大きくなった風に聞こえた。

さっきまでは困りモノだったその単調な音が 二人にはなんとなく心地好いものに聞こえる。

博士とフランソワーズは 黙って ・・・ その音を聞いていた。

二人とも快い沈黙に身を委ね 単調な雨漏りの音を楽しんだ。

「 巷に雨に降る如く ・・・とはこういう心境なのかもしれんなあ ・・・ 」

「 ・・・ ええ   その雨は ・・・ 温かい雨 かもしれませんわね。 」

「 フランソワーズ ・・・ 」

  ふと、 彼女が顔をあげた。

「 ・・・ あら? 」

「 うん? どうしたね。 」

「 誰か ―  あ ジョーが帰ってきました。 」

「 おう そうか?  おっと・・・もうこんな時間かい。 すまんな、フランソワーズ ・・・

 繰り言を延々繰り返してしまったのう ・・・ 」

「 そんなこと ありません、博士。 」

「 ・・・ ありがとうよ。  そうじゃ・・・・雨漏りの件もあるからの、ジョーを呼ぶか。」

博士はつっと立ち上がると ドアを開き、本当に珍しくも彼は声を張り上げた。

「 おおい 〜〜ジョー。  ちょいと来ておくれ。  ああ そうじゃ屋根裏じゃよ 」

「 まあ ・・・ 」

「 ふふふ ・・・ ちょいとあの朴念仁を〆てやろうじゃあないか。 

 ん? お前のこの・・・涙の原因を救命せねばな。 」

「 博士ッたら もう・・・ ああ 来ましたわ。 」

 

  ―  キィ  ・・・

 

居屋根裏のドアが開き、ジョーが静かに入ってきた。

「 ・・・ ただいま 」

「 まあ ジョー。   お帰りなさい! よかった、晩御飯に間に合ったわね。 」

「 あ  う うん ― あの、気にしないでいいよ? 時間になったら先に食べてくれる?

 ぼく ・・・ コンビニとかで何か買ってくるから さ。 」 

「 ジョー。 そんなの、可笑しいでしょう?

 わたしたち、家族なのよ? いつだって晩御飯は家族の分、ちゃんと作るわ。 」

「 あ ・・・ そ そうだよね  ごめん・・・ 」

「 ごめん、って 謝ること、ないでしょ。  ああ 博士が御用があるのですって。 」

ぱっと立ち上がると フランソワーズはその勢いでドアから出ていった。

「 あ ・・・ フラン ・・・ 」

「 さあて ジョ ー  一つ、頼まれてくれんかな。 」

「 はい、なんでしょう。 」

「 うむ ・・・ 実はここの屋根なんだが ・・・ 

 うん? ジョー・・・お前、加速装置を使ったのか。 」

博士は天井から視線をもどした。

「 あ・・・ わかっちゃいました? すごいな、さすが博士〜 」

「 こらこら 茶化さんでくれ。 なんでまたお前、加速したのかね。 」

「 博士。 外は、というより町はかなり物騒なんですよ。 」

「 え ・・・?  この町が、かい。」

「 はい。  この辺りはまだまだ < 普通  >ですけど・・・ 街の方は荒れています。」

「 ふむ・・・ 例の食糧不足のための暴徒どもか。 」

「 ― おそらく。  ああ そうだ。 誰か きますよ。 博士のお客のようです。 」

「 ワシの??  ジョー それでお前 わざわざ行ってみたのかい。 」

「 いえ。  < 聞こえた > んですよ。

 あの車種のエンジン音は すぐにわかります。 こっちに向かっています。 」

「 あはは・・・ さすが ハリケーン・ジョー じゃな。 」

「 いや・・・ それで ですね、 ちょいとお客さんに出会ったんです。  そろそろ到着かな。

 ちょいと暴徒ドモがちょっかい出しかけていたので <行って> きました。

 なんでも博士に用事があるみたいです。 」

「 ワシに??  ふむ・・・ ご苦労様じゃったな。 それで防護服を着たのだな。 」

「 はい。   でもどうしてお判りになったのですか? 」

「 ああ ?  ああ うん ・・・これはもう一種のカンじゃがな。 匂いじゃよ。 」

「 匂い?? 」

「 そうじゃ。 お前が加速装置を使用したときの圧縮された空気の匂い、さ。

 加速解除したあとも あの匂いは纏わりつくからな。 」

「 え ・・・ そうですか?? ぼく自身、全く気がつきませんでしたよ。 」

「 ふふん ・・・ フランソワーズも当然 わかっているとおもうぞ。 」

「 あ ・・ そ そうですか?  え〜と・・・ちょっと見てきます。 」

ジョーはそそくさと席をたち、リビングを出ていった。

 

   やれやれ ・・・ 真正・天然なのか存外・したたかなのか ・・・ どっちだ?

   まったくもってよく わからんヤツじゃなあ ・・・ 

 

 

 

「  栗島 安奈 といいます ・・・ 」

モジモジした挙句、ようやっと彼女は口をひらいた。

「 どうぞ・・・ よろしくお願いいたします。 」

「 おうよ、こっちこそ宜しくな〜〜 綺麗なお嬢さん 」

「 ほっほ〜〜 ホンマに美人やのう〜〜  眼福 眼福〜〜 」

「 へい! 宜しく〜〜 キレイちゃん♪ 」

「 うむ  よろしく。 」

 

 

 

    ゴ −−−−−− ・・・・・・・・・

 

ドルフィン号はエンジン音をひびかせ快調に北へ飛び続けている。

あの日 ・・・ 崖の上の洋館、 ギルモア邸に訪ねてきた女性は 

結局 ドルフィンに乗り込み ともに北極圏を目指すくとになった。

異常気象に端を発した今回の騒動、サイボーグ戦士たちはその発端をさぐるべく、

北極海へと飛んだ。

彼女 ― 栗島 安奈 は 個人的な用事でギルモア博士と訪ねてきたのだが ・・・

彼女が受け取った、という紙片には彼らが目指す地域の正確は位置が記されていたのだ。

少々悶着があったが 彼女はサイボーグ達とともにドルフィン号に搭乗した。

  ―  母に会いたいのです ・・・

彼女はぽつり、とそう呟いたのだ。

今、 ドルフィン号は一路北の海を目指し滑空しているのだ。

 

「 どうぞ?  こんな容器で申し訳ないけれど・・・ 」

フランソワーズは蓋付きのグラスを差し出した。

「 あ・・・ すみません。 あの! お手伝いいたしますわ。 」

アンナは奥の座席に ぼんやりと掛けていたがすぐに立ち上がった。

「 皆さんにお配りするのですね? 」

「 ああ どうぞ座っていらして?  揺れますから・・・ 」

「 大丈夫です、私にやらせてください。  ご迷惑をかけているのですもの。 」

「 そんなこと、気になさらないで ・・・ 」

「 私に出来ることがあればどんどんいいつけてください。

 少しでも ・・・ お役にたてれば・・・と思います。 」

「 ・・・ アンナさん 」

  ―  キュ。

パイロット席が くるり回転した。

「 ジョー? なあに、どうしたの。  あ もうすぐ北極なの? 」

「 いや。 」

ジョーが座席から二人の女性を ― いや、 アンナをじっと見つめている。

「 ・・・ ジョー。  アンナさんがどうかして? 」

「 うん ・・・ なあ アンタ。 えっと・・・ アンナさんだっけ? 」

「 は はい!  栗島 安奈 といいますが・・・ 」

「 ふうん? そのアンナさん? あんた、さ

 あんまし気を使うのって 一種イヤミなんだけど。 」

「 ・・・ え ・・・? 」

アンナの顔が す・・・っそ白くなった。

「 だから さあ。  いつも周囲に気配りを忘れない・謙虚で優しいアンナです、って

 君、ず〜〜〜っと宣伝してるよな。 」

「 せ 宣伝??  そんな ・・・ そんなこと・・・

 あの 私の態度がお気に障りましたらお詫びいたします。 」

アンナは素直に頭をさげた。 

「 ・・・ジョー。 その言い方、失礼よ。 」

「 うん、失礼は承知の上。  

 ぼくが言いたいのはさ、つまり、 気を使ってます、って態度振りまくのはやめろってこと。 」

「 ― え ・・・ ? 」

「 いい子ですって振る舞っていると ますます自分自身を縛ることになるんだ。 」

「 ぼくは  何時だって ジョーはしっかりしたいいこですね って言われてた・・・ 

実際 そういわれるように振る舞ってたからね。

 ― でもそれでイイコトなんて一つもなかったよ。 

 だから アンタもいい加減でホンネで振る舞えばどう? 」

「 ジョー。  ちょっとここまで来て? 」

「 うん? なんだい。  」

ジョーはつかつかとフランソワーズの側に寄ってきた。

「 それでね ちょっとだけでいいから低くなってくれるかしら。 」

「 ??  これでいいかい。 」

「 ―  ええ。 

 

    ―  パッシ −−−−ン !!

 

フランソワーズの平手打ちがジョーの左頬に炸裂した。

 

 

 

Last updated : 10,04,2012.             back     /     index     /    next

 

 

 

*******  途中ですが

短くてすみません〜 <(_ _)>   終らなかったけど結末は・・・ご存知ですよね〜